1966年開業の複合施設兼住居である中野ブロードウェイ。アニメショップをはじめとする各種専門店がひしめく中、ひときわハイセンスで開放的な雰囲気を持つ店舗がある。村上隆氏率いるKaikai Kikiが運営する『Bar Zingaro』だ。
「なぜ現代美術家がカフェバーを?」と思う人もいるかもしれない。そもそものきっかけは、元麻布にある『Kaikai Kiki Gallery』の関連ギャラリーとして、中野ブロードウェイ内に『Hidari Zingaro』を開いたこと。その後、同施設内に陶芸や骨董作品を扱う『Oz Zingaro』、ジャンルレスなアートを扱う『pixiv Zingaro』などを開廊。そして各ギャラリーの来場者やアーティストをつなぐ“ジャンルのメルティングポット(るつぼ)”として生まれたのが、2013年オープンの『Bar Zingaro』だった。
店内に入ってまず目を惹くのが、村上隆氏の代表的なモチーフでもある「フラワー」を描いた2枚のペインティング。さらに奥の空間では、関連ギャラリーと連動した期間限定の展示が行われ、棚には陶芸などのクラフト系作品が並ぶ。美術館に飾られていてもおかしくない作品を間近で眺めながら、気取らずにゆったりと美味しいコーヒーを楽しめるのがこの店の特徴だ。
「もともと村上は、大学時代からカフェを開くのが夢だったんです」。そう語るのは、Zingaro groupの統括であり『Bar Zingaro』マネージャーでもある當麻篤さん。「村上は世界を舞台に戦うアーティスト。やるからにはカフェでも世界一を目指したい。いわゆる有名人が雰囲気だけで経営しているような、味や質を重視しない店には絶対したくなかったんです」と話す。
Zingaro group統括の當麻篤さん。店内のグリーンは、はいいろオオカミ+花屋西別府商店の手によるもの(期間限定)。
「やるからには世界一に」。その想いとクオリティをサポートしているのが、以前『&Kalita』にもご登場いただいた『Fuglen Tokyo』だ。カフェの開店を目指してさまざまな店をチェックしていた村上隆氏がその味に惚れ込み、ビバレッジ面でのプロデュースを依頼。『Fuglen』の本拠地であるオスロを訪ねるなど2年間にわたって関係性を深めながら開店にこぎつけた。
「村上は、はじめて『Fuglen Tokyo』で飲んだカプチーノの味が忘れられないと言います。酸味があり、あまりにもフルーティ。一口目で“なんだこれは!?飲んだことがない味だ!”と衝撃を受けたそうです。それが、ティム・ウェンデルボーの豆だったんです。ティムはバリスタの世界大会で優勝するような存在でありながら、いつもコーヒーの美味しさの“キワ”を追求している。そうした姿勢に村上の舌が共鳴したのかもしれませんね」。
未知の美味しさからくる衝撃と感動。それは『Bar Zingaro』にも脈々と受け継がれている。バリスタの松浦由佳さんも「うちのコーヒーは“新しさ”が第一。一般的なコーヒーの概念とかけ離れたものが飲める場所です」と笑顔で言い切る。
『Bar Zingaro』のカウンターには『Fuglen Tokyo』と同様にKalita製品の姿がある。「ウェーブシリーズのステンレスドリッパーを使っています。豆の個性を引き出しながら、フレーバーを損ねずにベストな状態で抽出できるのが魅力。『Bar Zingaro』ではハンドドリップコーヒーを“カリタウェーブ”という名前でご提供しているんですよ」と松浦さん。
さらに、Kaikai Kikiが運営するカフェバーならではのシーンでも役立っているという。「展覧会のレセプションなどでケータリングをすることがよくあるんですが、ステンレスドリッパーは軽くて丈夫で持ち運びやすいので助かりますね。味ムラが少なく安定して抽出できるので、複数人のバリスタでお客様にサーブする際も安心です」。
「ティムのロースティングは、良い意味でかなり“攻め”ているので、バリスタのテクニックが試される面もあります。それでも、できるかぎり雑味のないクリアな美味しさをお届けしたい。うちで扱う豆は、一口目にフレーバーが“ドン”とくるものが多いのですが、それでいてイヤな残り方をしないよう研究しています。コーヒーは余韻が大事ですから」と語る松浦さんの眼差しからは、コーヒーへの真摯な想いが伝わってくる。
オーストラリアで修行を重ねたバリスタの松浦由佳さんが丁寧にハンドドリップしてくれる。
『Bar Zingaro』では、店内でも使用されているオリジナルマグカップをはじめとするグッズや、コーヒー豆の販売も手がけている。特に、村上氏の好みに合わせてローストされたオリジナルコーヒー豆は、フラワーモチーフがデザインされたパッケージとも相まって、お土産やプレゼントにもぴったりだ。
「ティム・ウェンデルボーの豆を袋で買うことができるのは日本ではここだけ。その噂を聞きつけて遠方から訪れるお客様もいらっしゃいます。他店のバリスタの方がコーヒーを飲みに来ることもありますね。中野ブロードウェイという場所にちなんで言えば、“コーヒーおたく”が多く集まる店なんです」と松浦さん。嬉しそうに語る表情からは、自身もその1人であるという自負がのぞく。
とはいえ、店の雰囲気はあくまでオープン。扉を締め切った店舗も多い中野ブロードウェイにあって、ガラス張りの外装と扉のない広いエントランスの『Bar Zingaro』には、コーヒーマニアに限らずさまざまな方が訪れると當麻さんは言う。「実は開店当初は、外国人観光客が圧倒的に多かったんです。村上のファンに海外の方が多いということと、他の店に比べて入りやすい雰囲気が作用したんでしょう。今はアートファン、アニメ・漫画ファン、近所のお年寄りまで、本当にさまざまな人が思い思いの目的で来てくださっています」。
店内で購入できるマグカップやカップ&ソーサー、コーヒー豆は外国人にも人気が高い。
実は『Fuglen Tokyo』と同様にアルコールのメニューも充実している『Bar Zingaro』。「通が見れば驚くような、かなり珍しいお酒も置いているんですよ」と當麻さん。
「この店は、見るもの・体験できることが普通のカフェよりも格段に濃い。また、せっかくこうした立地にあるのだから、『Bar Zingaro』だけで済ませず、Zingaro groupの関連ギャラリーや中野ブロードウェイ内の他のお店も巡ってみてほしいですね。“コーヒーを目当てに来たけど、帰りには大量の漫画を買っていた”なんて最高。新しいカルチャーに出会って、発見のある時間を過ごしてほしいんです」。
カルチャーの混交を積極的に推奨していく様はまさにメルティングポット。2015年9月16日からは、Kalitaとのコラボレーション企画として、伊勢丹新宿店での1週間限定のカフェ出店もスタートする。
『Bar Zingaro』が提供する、唯一無二の「ちょっといい時間、ちょうどいい時間」。多彩なアートや人がジャンルを横断して混ざり合う場所は、香り高いコーヒーとともに、あなたを心地よく迎え入れてくれるはずだ。