沖縄セラードコーヒーの原点は卸売りを専門とした焙煎工場。1988年のオープンから約30年後。その焙煎工場の隣で、創業者の息子が新たに店をオープンさせた。父親が歩んだコーヒーの道を、地域住民にも開かれたショップというかたちで引き継いだ店主の末吉さんに、店づくりへの想いや、コーヒーへのこだわりについてお話をうかがった。
「おやじがコーヒーの焙煎所をはじめたのが30年前。僕が7歳の頃でした。毎週日曜日の夜は翌日の営業準備が日課。コーヒー豆の選別など、子どもなりに店の手伝いをしていましたね。」
そうにこやかに語る末吉さん。元々、彼にとってコーヒーは生活の中に当たり前にある身近なものだった。
大学進学を機に沖縄から離れた末吉さんがのめり込んだのは、コーヒーではなく、ストリートダンス。卒業後は、憧れのダンサーを追いかけて大阪で暮らした。それからの数年間はダンス漬けの日々を過ごしていた末吉さん。しかし、月日が流れるにつれ徐々に将来への迷いも大きくなっていった。沖縄にいる父から連絡があったのは、そんなときだった。
「当時の自分は27歳。これから自分はどんな道で、何を生業にして生きていくべきか、真剣に選択しなくてはいけない時期にさしかかっていました。そんなことを考えていた矢先、おやじが店を手伝わないかと言ってきたんです。思い返すと、コーヒーが身近にある生活は、確かに原体験として自分の中に深く刻み込まれていたんですよね。“自分の進むべき道はここだ”と直感して、沖縄に帰ることにしました。」
「進学して沖縄を離れる前は、まさか自分が家業を継いで、
コーヒー屋になるとは考えていませんでしたよ」と末吉さんは話す。
沖縄に戻った末吉さん。最初の5年間は営業の仕事に励んだ。当時の沖縄セラードコーヒーはローストしたコーヒー豆の卸業が専門。評判も上々だったが、その一方で末吉さんはある想いを抱いていた。
「当時は、卸業だったから店舗を持たず、焙煎所と事務所を兼ねた建物で営業していました。それでも、口コミで評判を聞きつけた人が直接その事務所に豆を買いに来るんですよ。その様子を見ていて、もったいないなと思っていたんですよね。もっと小売りに力を入れてもいいのではないのかなと。」
そんな折、末吉さんはスペシャルティーコーヒーと運命の出会いを果たす。
「入社後数か月が経過したときに、コーヒー豆を仕入れていた商社の人に、“スペシャルティコーヒーという新しいジャンルのコーヒーを見てみないか?”と言われ試飲会に誘われました。それがスペシャルティーコーヒーとの出会いでした。一口飲んだら、とにかくその味が衝撃的で。素直に“美味しい”という気持ちが湧き上がってきて、“これはうちでもやる価値がある”と確信しましたね。その後2010年に小さな焙煎機を購入して本格的にスペシャルティーコーヒーの焙煎を始めました。」
本業の卸業が休みになる週末、末吉さんはその焙煎機を使ってコーヒー豆の販売をはじめた。
「新しい考え方のコーヒーなので、いきなり大々的に打ち出したところで、理解してもらうには時間がかかるはず。だから、まずは小さな規模で少しずつスペシャルティーコーヒーをわかってもらおうと思ったんです。」
末吉さんのスペシャルティーコーヒーに懸ける想いは少しずつ拡がりを見せ、着実に人気を集めていった。その中で末吉さんは一つの覚悟を決める。
「週末にやってくるお客様がどんどん増えていって、もっと本格的にスペシャルティーコーヒーを販売したいと思うようになったんです。そこで、大型の焙煎機を購入。さらにおやじに相談して、2年間の準備期間をもらい、小売りのショップを出すことを決めたんです。」
沖縄セラードコーヒーでは、「生産地ごとに異なる風味や特性を感じられる」「透き通るようなキレイな味わい」など
4つの項目を満たすコーヒーを「スペシャルティーコーヒー」と定義している。
店舗の開店準備は着々と進んでいったが、物件選びは難航していた。しかしオープン半年前、運が味方する。
「オープンの1年ほど前から物件は探していたんですが、なかなかイメージに合う物件がなくて。いよいよオープンまで半年を切ったある日、たまたま事務所の隣の物件が空いたんです。しかもそこはベーカリーカフェとして使用されていた建物。小売りをするには申し分ない仕様だし、焙煎所と隣接していれば豆を搬入する負担も少ない。もう即決でしたね。」
そして2015年、いよいよスペシャルティーコーヒーを販売する店舗をオープンさせた。新しい概念のコーヒーを提案する新しいショップには、これから道を切り開いて行くという強い想いを込めた。
「おやじの兄、つまり叔父さんがブラジルに住んでいて。実はおやじにコーヒーロースターの仕事をすすめたのも叔父さんなんですよ。その叔父さんが住んでいるのが、ブラジルのセラードという大きなコーヒー生産地。元々荒れた地で、“ここで農業なんて無理だ”って言われたところから成功したんです。そこで、僕の店もそんな無限の可能性を持った会社になってほしいと名付けられた沖縄セラードコーヒーのコーヒー豆専門店として『OKINAWA CERRADO COFFEE BeansStore』と名付けました。」
白い内装にグリーンのラインが映える沖縄セラードコーヒーの店内。シンプルな空間にはあえて手をつけなかった。
「お店では、いちばんにコーヒー豆が目立ってほしいんです。だから建物が特徴的である必要もないかなと思って。元々この建物は、何も手を付けなくても過不足ないデザインですしね。だから、建物はあまり手を付けずに、什器も極力シンプルなものにして、コーヒーを純粋に見て、味わってもらう空間をつくりました。」
余計な物は置かないシンプルな空間。カフェのようにテーブルを置かないのは、
商品を持ち帰り、家という日常空間でコーヒーを楽しんでもらいたいというこだわりから。
訪れたお客様にスペシャルティーコーヒーの魅力を伝えるため、末吉さんは店頭での体験にも工夫を凝らしている。
「僕の願いはスペシャルティーコーヒーがいろいろな人の日常に溶け込んでいくこと。だから、この店で飲んで満足するのではなく、お客様自身の手で淹れて、それぞれのスペシャルティーコーヒーを完成させてほしいと思っています。もちろん、ドリップしたコーヒーも販売していますが、それは美味しく淹れた状態を体感してもらったり、淹れ方をレクチャーするためなんです。だから、わざとカウンターを狭くして、お客様がコーヒーの淹れ方をのぞき込めるように工夫しているんです」と語る末吉さん。その言葉からは、お客様とのコミュニケーションづくりから、コーヒーカルチャーの発展までを見据えた、奥行きのある視野が感じられた。
「“どんなコーヒーが好きですか?”と聞かれても答えられない人って多いと思うんです。でも、“コーヒーにはいろいろな種類があるんだ。その中でも自分の好きなコーヒーはこういうものだな”ということがわかると、ちょっと世界が豊かになると思うんです。うちに訪れたことをきっかけに、他のロースターやカフェに行ったときにも、ちゃんと自分の好きなコーヒーを選べるようになってくれると嬉しいですね。それがコーヒーカルチャーの発展にも繫がるかなって。」
おいしいコーヒーの淹れ方の相談を受けると積極的にアドバイスを送る。
卸業から始まった沖縄セラードコーヒー。コーヒー豆の生産地や鮮度には強いこだわりを持っている。
「コーヒー豆を売る人間として、どこで、どんな人がこのコーヒー豆をつくっているのかというところまで、お客様に伝えられたら最高ですね。販売するコーヒー豆にはできる限りそうした情報を載せてお伝えしています。また私自身も2018年1月に初めて生産地に行って、実際の現場を見てよりお客様に生産者の仕事の素晴らしさをお伝えしなければと思いました。」
焙煎所として沖縄セラードコーヒーがこだわるのは、意外にも「いかに人の個性や意図を加えないか」ということ。そこにはコーヒー豆本来の味にこだわる末吉さんの姿勢がある。
「コーヒー豆は焙煎度合いでまったく味が変わってしまうんです。例えば、甘さや酸味などの特徴を持った豆も深く焙煎することで、苦みが前面に出てきます。深煎りにすることで、あえて苦みを表現する方法もありますが、うちが大切にしたいのはコーヒー豆本来の味。焙煎によるバリスタの個性や意図はできる限り挟まずに、それぞれの豆が持っている特徴を伝えたいんです。だから、うちのコーヒーは基本的に浅煎り。“コーヒーだから苦みを表現しなくてはいけない”と囚われるのではなく、コーヒー豆の味を純粋に楽しめるようにしています。」
コーヒー豆ごとに生産地や風味などの特性を伝えながら販売している。
「コーヒー豆本来の味を引き出す」というと「フレンチプレス」を想起する人もいるのではないだろうか。実際、末吉さんも当初はフレンチプレスでコーヒーを淹れていたという。
「ペーパードリップが上手くできるようになるまでは、フレンチプレスで淹れていたこともありました。でも、あるとき自分で飲むために適当にKalitaのウェーブドリッパーを使ってドリップしたコーヒーを飲んだらすごく美味しかったんです。それをきっかけにフレンチプレスからペーパードリップに切り替えました。あと、フレンチプレスの金属の微粉が気になる人もいますし、日本人はやっぱりフィルターで淹れたコーヒーの方が舌に馴染んでいると思うんですよね。」
コーヒーインストラクターの資格も持っている末吉さん。さらに昇級するために今も勉強中とのこと。
また、スペシャルティーコーヒーが目指すコーヒーをつくり出す上で、Kalitaのウェーブドリッパーは欠かせない存在だと言う。
「スペシャルティーコーヒーは、焙煎の技術で味をごまかせないから、豆選びが重要。うちは、熟度が高くて甘みが増した状態の豆を仕入れています。実はコーヒーを淹れるときって、甘み、酸味、苦みの順に味が抽出されるんです。通常の円錐型のドリッパーだと、僕が引き出したい甘みが抽出しきれないうちに下に流れ出てしまうんですよ。でも、Kalitaのウェーブドリッパーの場合、底辺が平らになっているから、注いだお湯が一旦留まって、しっかり甘みを引き出してくれる。僕のイメージ通りの味わいを表現できるんです。」
街には、沖縄セラードコーヒーの豆を扱う店舗も増えてきた。30歳のときに末吉さんが味わったスペシャルティーコーヒーの“あの感動”は、確実に地域に伝播してきている。
最後に読者に向けてメッセージをお願いした。
「コーヒーに詳しい必要はありませんし、逆に背伸びして知ったつもりになる必要もありません。わからないまま、肩肘を張らずに、一緒にコーヒーの楽しみ方を見つけにきてください。私はそのお手伝いができれば幸せです。」
生産地や熟度によって異なる味わいを持つコーヒー豆。末吉さんは、その個性を深くリスペクトし、豆ごとの「ありのまま」を最大限引き出している。末吉さんが想いを込めて焙煎したコーヒー豆を手にした人には、ちょっといい時間が流れているはずだ。
沖縄セラードコーヒーから程近くに店を構えるカフェ(SLOW RIDER COFFEE)。
ここも沖縄セラードコーヒーの豆に魅せられた店舗の一つ。
SLOW RIDER COFFEEの情報はこちらから