日本を代表する世界遺産や四季折々の景色が楽しめる地として、いつの時代も愛されてきた京都。外国人も数多く訪れる観光地として人気のスポットに、近年、注目を集めているエリアがある。それが、北区にある「紫竹(しちく)エリア」だ。
このエリアには、平安時代から続く店舗併設の住居「町屋」をリノベーションした、インテリアショップ、フラワーショップ、カフェなどが続々と軒を連ねる。センスを感じさせる内装、 そして京都をリスペクトしたスタイルが、訪れた人の心をワクワクさせてくれるのだ。
そんな紫竹エリアに、自家焙煎のコーヒーショップ『CIRCUS COFFEE(サーカスコーヒー)』がオープンしたのは2011年のこと。「ここを選んだのは、ただ単に僕の地元だったからですね。でも、昔から“この家、ええなぁ”って思っていて。ここなら実家も近いし便利だと思ったので、オープンを決意しました」と、店主の渡邉さんは語ってくれた。
『CIRCUS COFFEE』の看板と、店内にある焙煎機。開業時からのアイコンである。
「元々、海外で仕事をしたいという想いがあって。新卒で入社した会社では、インドネシアにある島で真珠の養殖をしていました」と、渡邉さん。 コーヒーに興味を持ちはじめたのは、転職先での仕事内容が関係しているという。
「品質管理や焙煎テストを行う、コーヒー工場の研究職として働きはじめたのがターニングポイント。そこで、多くのコーヒー豆が海外の発展途上国で生産されている実態をはじめて知ったんです。 一杯のコーヒーができるまでの物語こそが、コーヒーの魅力だと確信しました」。その後まもなく、渡邉さんは工場を退職。大阪にある老舗コーヒーショップで、カフェ店員としてリスタートを切った。
「カフェ経営って、難しいんですよ。ドリップだけじゃなく、接客や面接、経理もこなさないといけない。“コーヒーの背景を伝えたい”という想いをお客様に伝えらえているか。 そう自問自答したときに、“独立”の文字が頭に浮かんできたんです」と話す、渡邉さん。考え抜いて出した答えは、カフェではなく、コーヒー豆の焙煎・販売に特化した焙煎所としての船出であった。
子ども心をくすぐる可愛いディスプレイも見所のひとつ。
焙煎の技術や知識を活かし、渡邉さんの地元でオープンさせた『CIRCUS COFFEE』。その名前に込めた想いとは何だったのか。 「この辺りはご年配の方も多いので、まずは覚えやすい名前にしようと。その時にふと、“CIRCUS”という言葉が浮かんできたんです。語源を調べると“集う、集まる”の意味があって。 “集いの場”として、地元の人にとって身近なお店になりたい。そう思って、この名前に決めました」と、渡邉さん。
コーヒー生豆鑑定マスターの資格を持つ渡邉さんが豆をブレンドし、自ら焙煎機でローストし、自ら販売するスタイルは、まさに個人店らしい立ち回り方だ。 「ロゴ原案も、関連グッズの発案も、サンプルカップも、全て妻のアイデア。僕はコーヒーを、妻はおもてなしを。 このパートナーシップがあるからこそ、今の『CIRCUS COFFEE』があるんです」と、渡邉さんは笑顔で答えた。
「どんなお店でも、地元の人に愛されないと意味がないと思うんです。特にこのエリアは、まだまだ個人商店の文化が残っていて。 魚は魚屋、肉は肉屋という要領で買い物をする人がまだまだ多い。品質、専門性、人柄が常に求められるエリアだからこそ、“いいコーヒーをご家庭で”という提案が認められた気がしますね」。 京都に根付く「一見さんお断り」の風習とは真逆の「つながりをつくる」スタンスが、渡邉さんらしさ、そして『CIRCUS COFFEE』らしさなのかもしれない。
アイスコーヒーベースやトートバッグやなど、ロゴ入りのオリジナルグッズも購入できる。
『CIRCUS COFFEE』ではコーヒー豆の販売以外にも、セレクトしたコーヒー器具の販売、さらにはコーヒーワークショップの主催も行っている。 「コーヒーの価値をもっと高めるために、コーヒーのストーリーをもっと伝えていかなきゃと思ったんです」と、渡邉さん。
「コーヒー豆が手摘みで収穫されているのって、意外と知られていないですよね。土があって、生産者、運搬者、ロースター、カップ職人がいて、最終的に飲み手の口元へ運ばれていく。 淹れ方だけじゃなく、このような背景を知ることで、コーヒーの味や希少価値に違いがあるからスペシャルティという考え方が浸透していったと、腑に落ちていくと思うんです」。
ただ、「美味しい」「まずい」だけで、豆の善し悪しが決まらないのがコーヒーの世界。煎り方、挽き方、淹れ方。この3つが、豆のポテンシャルを最大限に引き出すのだ。 「とは言え、そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ。基本をしっかり覚え、実践してもらえば、ご家庭でも美味しいコーヒーが淹れられますからね。相談してもらえれば、すぐにお答えしますよ」。 そう、ここは近所のコーヒー屋。気軽に足を運んで、話をしながら時間が過ごせる、集いの場だ。
店内には、コーヒー器具がずらりと並んでいる。
「京都では、深みのあるコーヒーが好まれますね。そのためにはじっくり時間をかけて、ドリップする必要があるんです」と、コーヒーを淹れながら語る渡邉さん。 「Kalitaのコーヒー器具は、お湯をしっかりホールドしてくれるので、深い味わいを出すのに向いているんです。 もちろん、東京人が好きな軽い味や、大阪人の好きな苦い味も、ドリップ方法によって思いのまま。自分で調整しながら、好みの味わいを探っていけるのも、ハンドドリップの楽しみのひとつですね」。
さらに、ハンドドリップの魅力について渡邉さんはこう語る。 「“液体をつくる”という意味でも、コーヒーはいちばん難しい飲み物だと思うんです。急いで淹れれば薄味になるし、じっくり淹れれば濃味になる。 つまり、淹れ方がそのまま、味になる。そう考えると、すごく人間らしい飲み物だと思います。おもしろいですよね」。 もっと美味しく淹れられたら…そんな気持ちを常に持ち続けることができるのが、ハンドドリップの奥深さなのだ。
ドリップする渡邉さん。ポイントは「粉の量、お湯の量、抽出時間を守ること」。
「焙煎は、コーヒー豆本来が持つポテンシャルを最大限に引き出す工程です。天候や湿度に合わせて焙煎時間を調整したり、浅煎りや深煎りなど、焼き加減をコントロールするのが、焙煎家の腕の見せ所。そうして完成したこだわりのコーヒー豆を、普段飲むのにちょうどいい価格で提供しているんです」と、渡邉さん。
また、焙煎のコツについてもうかがってみた。「豆がよくないと、焙煎がどんなにうまくいったって、いいコーヒーにならないんです。いい豆が、いい味になる。単純かもしれませんが、これが真理です」。
CIRCUS COFFEE店主の渡邉良則さん。コーヒーの保存に適した「サーカス缶」も販売中。
「カップに入ると、コーヒーってどうしても同じ見た目になってしまいます。 その微妙なニュアンスを伝えるために、僕たちのような“町の焙煎所”があるんです。豆それぞれにまつわる物語や香りを直接ご紹介して、自分の目で、鼻で、選んでもらう。 このようなリアルにつながる場として『CIRCUS COFFEE』があってよかったと、お客様自身にも感じてもらえたら、この上ない幸せですね」。
コーヒーをもっと好きになってもらうため。コーヒー豆とカップ一杯の橋渡し役として、これからも地元の人に愛され続ける、京都『CIRCUS COFFEE』。 あなたのかけがえのない「ちょっといい時間、ちょうどいい時間」にきっと、「ほんのりいい物語」を添えてくれるだろう。