ペットの同伴、本格的なフード、モーニングの営業……これは一般的なニュージーランドのカフェの風景だ。このスタイルを日本でも取り入れ、カフェの街・清澄白河でも屈指の人気店となっているiki ESPRESSO。店主の原瀬輝久さんに独特なカフェスタイルへのこだわりやオープンまでのストーリーを聞いた。
学生時代、ラグビーに励んでいた原瀬さん。大学卒業後に選んだ進路は、ラグビーの本場ニュージーランドの競技生活。ラグビーとコーヒー、異なる2つの世界はどのように交差したのだろうか。
「大学卒業後ニュージーランドに渡って、現地のクラブチームに所属していました。そのとき住んでいたのが、ボンソンビーというレストランやカフェが建ち並ぶ地区。だから当時家でコーヒーは淹れる習慣はなくて、よくカフェに出入りしていましたね。カフェに行けばスタッフとも仲良くできるし、隣の人と会話だって生まれる。日本から単身渡ってきた自分にとっては、居心地よい場所だったんですよね。自分のほかにも店内には日課のようにモーニングを楽しむ人がいたり、犬の散歩の途中に立ち寄る人がいたり……地域の人々にとってもカフェは必要な居場所になっていました。」
ラグビー選手時代の経験をにこやかに話す原瀬さん(写真右)。「あまり手を加えていない」という内装はミニマルなデザインでちょうどよい。
原瀬さんは29歳でラグビーの現役を引退。その後、現地の日系企業に勤めるよりも、地域に根付いた仕事がしたいと考えた。そのとき頭に浮かんだのは、慣れ親しんだカフェだった。
「地域のクラブチームに入っていたこともあり、ローカルでのつながりが増えていって楽しかったんですよね。だから働くなら、地域に根ざしたショップがいいなと思っていました。求人は出してなかったんですけど、履歴書を持って近くのカフェに頼み込んだ結果、まず皿洗いから働かせてもらうことになりました。」
そこから約10年間経験を積んでいく中で、原瀬さんの中にオセアニアスタイルの“カフェ観”が育まれていった。
「最初はカフェスタッフになるからには、コーヒーの技術をどれくらい学べばいいのだろうと迷っていました。だけど現地のカフェで大切にされていたのは、コーヒーのクオリティうんぬんよりも、居心地のよいサービスを提供できているか、お客様との豊かなつながりをつくれているかということ。コーヒー、空間、フード、コミュニケーション……トータルでお客様に心地よい時間を過ごしてもらうことを目指せばいいんだと気づきました。」
壁に掛けられているこちらの写真はニュージーランドの海岸を奥様が歩いているもの(写真左)、またカウンター横には「海外から訪れた常連客からもらった」というイラスト(写真右)がディスプレイされている。
ニュージーランドでコーヒーの技術や知識を身につけていった原瀬さんは、その後現地の有名ロースターAllpress Espressoから声をかけられ、共同出資というかたちで日本法人を立ち上げることに。2012年の帰国後は、焙煎や卸業のほか、培った知識を活かしてカフェ経営のコンサルティング事業にも力を入れていく。コンサルティングを行う中で、自らのカフェをつくる必然性を感じるようになっていった。
「実際に自分の店舗を持っていないのに、コンサルティングを行うことに疑問を感じていたんですよね。それならば、自分で店舗を経営して、成功事例をつくって、ノウハウがあることを示した方が信頼されるはず。それに、日本には自分が好きなオセアニアスタイルのカフェってあまりないなと思っていて。それだったら自分が体現して、現地のようなカフェ文化を発信していきたいと思ったんです。」
そんなとき、原瀬さんは、とある小さなコーヒースタンドから「店を引き継いでほしい」と相談を受ける。そのコーヒースタンドの名前こそ、現在の店名でもある「iki」だった。
「そのコーヒースタンドは、古くから付き合いがあった店舗。でも、徐々に事業が縮小していき、あるときオーナーから店を引き継いでほしいと依頼されたんです。そして、その屋号を引き受けて、新しく“iki ESPRESSO”をつくっていくことを決めました。」
倉庫跡の質感を活かして、内壁はコンクリート打ちっ放しに。店内奥に設置されている裏口のドアが倉庫の面影を残している。
思い入れのあるコーヒースタンドの屋号を引き継ぐかたちで、「店舗を持ちたい」という想いは実現へ向けて加速する。そして2016年清澄白河の倉庫跡に新たなiki ESPRESSOがオープン。手軽にコーヒーを楽しむコーヒースタンドから、本格的なフードも楽しめてゆっくり時間を過ごせるニュージーランドのカフェスタイルへと店舗の形態も変えた。
「コーヒーだけではなくおいしいフードも出して、モーニングにも対応して、ペットも連れて来ることができる……ニュージーランドでは、家と職場に加えて、それぞれが思い思いの時間を過ごせる第三の居場所としてカフェがあります。僕が惚れ込んだそんなカフェの使い方・楽しみ方をiki ESPRESSOで提案したいと思っています。ちなみに今度スタッフをニュージーランドへ連れて行って、本場のカフェ文化を体感させてきます。」
フードのクオリティでも注目されているiki ESPRESSO。写真右は自家製マフィン、写真左はビーフサンドイッチ。シェフはニュージーランドから呼んでいるという。
訪れる人を包み込む空間や、その場に流れる時間など「居場所」としての価値にこだわるiki ESPRESSO。そんなiki ESPRESSOにとって、コーヒーはどのような存在なのだろうか。
「居場所になるために大切なのは習慣性。朝に飲むコーヒー、ランチの後に飲むコーヒー、カフェタイムで飲むコーヒー……コーヒーは、さまざまなライフスタイルに馴染みやすいもの。そのためには価格も抑えられて、美味しくて、気軽に飲めるものでありたいと思っています。」
コーヒー豆は自家焙煎。モノトーンで過不足のないデザインが見る人を惹きつけるパッケージ。
そんなiki ESPRESSOで使われているコーヒー機器はKalita製。そこには人とのつながりを大切にしている原瀬さんらしい理由もある。
「この店舗ができたとき、営業の加藤さんがわざわざドリップを実演してくれて、スタッフに丁寧に教えてくれたんです。そこでKalitaの器具を使っていこうと決めました。現在使用しているのは、ウェーブドリッパー。どのスタッフが淹れても、安定して同じ味を再現できるのでとても使いやすくて重宝しています。」
最後に読者に向けてメッセージをお願いした。
「この空間で過ごすゆったりした時間、そしてスタッフとのコミュニケーションも楽しんでほしいと思います。散歩がてら立ち寄るもよし、食事で使うもよし、みなさんにとって心地よい居場所になればいいなと思います。」
「あくまで、主役はお客様。」
そんな原瀬さんの言葉通り、店内は、談笑したり、読書したり、物思いに耽ったりと、思い思いに過ごす人たちで溢れている。今日もそんな、ちょっといい時間、ちょうどいい時間を求めて、さまざまな人が訪れていることだろう。
店舗の近くの焙煎所では、世界各地のコーヒー豆を焙煎。店舗で使用するだけでなく、卸にも対応している。