コーヒーをこよなく愛する人たちが集い、連日行列をつくっていたOMOTESANDO KOFFEEが閉店したのは、2015年の暮れのこと。あれから1年、その地に再び、コーヒーファンが行列をなしている。彼らの目的はコーヒー豆を専門的に扱うショップKOFFEE MAMEYAだ。日本家屋を感じさせる黒く塗られた門をくぐり、石畳を進むと、コーヒー豆を入れたショッパーがずらりと並ぶ店内が広がる。
「ここがオープンしたのは2017年1月。前のお店の常連さんだけでなく、今では全国各地、海外からのお客様も足を運んでくれるようになりました。」そう語るのは、こちらのショップのバリスタを勤める三木隆真さんだ。彼は何を隠そうOMOTESANDO KOFFEEの元スタッフ。この地への思い入れも強い一人だ。
KOFFEE MAMEYAバリスタの三木隆真さん。
現在、KOFFEE MAMEYAのバリスタとして働く三木さんはかつて、全く別の業界でサラリーマンとして働いていたという。「大学の建築学科を卒業したあとは、什器メーカーの営業として働いていました。そこで3年働いたのち、コーヒーの世界に飛び込んだんです。最初に働いたのはエスプレッソを得意とするコーヒーショップ。そこで5年間、コーヒーのいろはを学んだり、ショップマネージャーなどを経験しました。」
異業種からコーヒー業界にダイブした彼の情熱は、ひとつの経験へとつながっていく。「実は5年のうち数年、“ジャパン バリスタ チャンピオンシップ(JBC)”の審査員をやっていたんです。そこで蓄えた知識と鍛えた舌が、僕のルーツになっていますね。」と、当時の経験を振り返る。
JBCの審査員として、バリスタが淹れた一杯と本気で向き合っていた。
そんな彼が新天地にOMOTESANDO KOFFEEを選んだ理由は、非常にシンプルだった。「オープン当初に来店して衝撃を受けたんですよね。フードメニューもなければ席もないし、看板もない。あるのはスタンドとエスプレッソマシンだけ。その斬新さもさることながら、エスプレッソがとても美味しくて。ぜひここで働きたいと想ったんです。」
晴れてOMOTESANDO KOFFEEで働くことになった三木さんは、さらなるステップアップのチャンスと巡り会う。「規模拡大のタイミングだったこともあり、外に出向いてコーヒーを淹れる機会が増えたんです。京都、虎ノ門、香港……ショップマネージャー時代に培ったマネジメント力も発揮しながら、さまざまな店舗でバリスタとして腕を振るっていました。」
月日は流れ2015年の暮れ、建物の老朽化のため、OMOTESANDO KOFFEEは惜しまれつつ閉店した。閉店当日は最後の一杯を飲みたいというファンで長蛇の列ができていたという。あの日から1年後、三木さんたちの思い出の地に、KOFFEE MAMEYAがオープンすることになる。
KOFFEE MAMEYAの店内には、OMOTESANDO KOFFEEの軌跡を感じられるアイテムも。
「“COFFEE”じゃなくて“KOFFEE”なのには、いくつかの意味があって。ひとつは、英語で売店を意味する“Kiosk”のように、身近にコーヒーを楽しんでもらいたかったから“C”を”K”に。店内装飾のイメージも、街でよく見かけるキオスクの形“四角形”がモチーフになっています。もうひとつは、“C”のコーヒーとはひと味ちがうことをアピールしたかったから。これらは、OMOTESANDO “K”OFFEEのスピリットを引き継がせてもらいました。」と、三木さんに店名の由来を語ってもらった。
そんなKOFFEE MAMEYAだが、OMOTESANDO KOFFEEとは全く異なるスタイルでコーヒーを届けている。「ひとつは、コーヒーの素材である“豆”に特化したショップであるということ。そして、自分たちでは焙煎せずに、日本のみならず世界各国から厳選したロースターの豆を揃えていること。さらに、お客様一人ひとりにじっくり時間をかけてカウンセリングして、その人に合ったコーヒーをセレクトすること。この3つはオープン時から貫こうと決めています。」
入り口にはKOFFEE MAMEYAの文字が。カウンター奥にはコーヒーがずらりと並ぶ。
コーヒー豆に特化したショップをつくったのには、三木さんらバリスタの秘めたる想いが関係しているという。「僕らには“バリスタの延長線上にロースターがある“という考え方があまりフィットしていなくて。育てるプロ、焙煎するプロ、淹れるプロ。各々がその道のプロであるから、敬意を払う意味を込めて、あえて焙煎はしていなんです。」
また、このようなスタイルに至ったのには、ロースターが抱えている問題も関係しているという。「多くのロースターは発信力を持っていないのが実情。美味しいコーヒーをもっと多くの人に広める……その役割を担えたらと思い、さまざまなエリアの豆を仕入れ、販売するスタイルをつくりました。また、ロースターそれぞれの得意分野があるので、それを最大限に活かすためのオーダーを心がけていて。深煎りが得意なお店には浅煎りをお願いしないし、日本人好みの苦みの強い味になるようにもお願いしない。煎り方だけでなく、ロースターのちがいも楽しんでもらえたらと思い、ラインナップの幅も持たせています。」
カウンターの一部はコーヒーケースに。「実物を五感で感じてもらいたい。」と、三木さん。
コーヒーのラインナップに注目してみると、あることに気が付いた。マス目が描かれたメニュー表に目を落とすと、ひとつとして同じ色味のメニューがない。左から右へ、上から下へ、どんどん色合いが濃くなっているのがわかる。「焙煎具合を5段階にわけて、お客様にご提案しているんです。左右の軸は“焙煎の長短”。いわゆる浅煎りや深煎りといった表現するものですね。上下の軸は“コクの強弱”。口当たりとも言えるのですが、軽いものから重いものまで用意しています。」
コーヒーのラインナップが書かれたメニュー表。1マスずつ色がちがうのがわかる。
彼らのこだわりは、それだけにはとどまらない。「焙煎している現地まで行って、焙煎士にインタビューすることもしばしば。そこで得た情報を持ち帰り、お客様に説明するんです。“こんな人がいた”とか“こんなオシャレなカフェも併設していた”とか。だから、僕らが自信を持ってご紹介できるコーヒーしかラインナップしないんですよね。」
また、このショップの特徴は接客スタイルにも現れている。「時間をかけて好みの味をヒアリングし、一人ひとりに合ったコーヒーをご紹介しています。まさに“カウンセリング”のようなスタイル。白衣を彷彿させるユニフォームを身にまとっているのも、“コーヒーを研究している人”らしさを出すため。豆をお買い上げいただいたお客様には、豆の情報や淹れ方を書いた“処方せん”のようなレシピもお渡ししていますよ。」
ユニフォームや試験管、処方せんといったディティールにも、KOFFEE MAMEYAならではのこだわりが感じられる。
コーヒーのラインナップは常時10〜15種類。煎り方も味わいもそれぞれちがうため、ドリップにもバリスタの腕が問われるところだ。「虎ノ門で働いていたころは、豆に合わせてドリッパーを変えていたんです。でも、想像していたよりも大変で……どんな豆にも対応できるドリッパーを探していたんですよね」と、三木さん。
「今使っているのは、“Made in TSUBAME”のドリッパー。これなら浅煎りから深煎りまで、僕らの狙った味が抽出できるんです。コーヒーは“抽出スピード”と“豆がお湯に触れる時間”が肝心。ゆっくり注げばゆっくり落ちてくれる。逆に勢いよく注ぐとストンと落ちてくれる。そんな繊細な変化にも、このドリッパーは応えてくれるんです。ウェーブフィルターについても、ドリッパーとの接触面の少なさや空気の流れなど、構造的によくできていると思いますね。」
コーヒーの注文、お客様の目の前でドリップをする。
異業種からの転職にはじまり、審査員時代に培った力を武器に、お客様とロースターをつなぐバリスタとして活躍する三木さん。最後に読者へのメッセージをいただいた。「世界各地のさまざまなロースターから、あなたに合ったコーヒーを提案させていだきます。僕らもまだまだ新しいロースターを探し求めている最中です。今後もラインナップは定期的に変わっていくと思うので、まずは気軽に、バリスタに相談しに来るつもりで足を運んでもらいたいですね。」
さらに、“コーヒーを楽しんでもらいたい”という彼らの強い想いは、営業時間外にも体験できるという。「平日の18:00〜19:00はワークショップを開催しています。美味しい豆を美味しく味わっていただくために、さまざまな質問を受け付けているので、興味のある方はぜひご参加ください。スタッフ一同、お待ちしています。」
コーヒー豆は全て150gで販売。「豆ごとのちがいも楽しんでもらえたら。」と、三木さん。