「バリスタの世界との出会いは大学1年のとき。なんとなくカフェでアルバイトをはじめたのがきっかけでした。」そう語るのは、LIGHT UP COFFEEを立ち上げた張本人であり、バリスタとロースターを務める川野優馬さんだ。
そもそも、川野さんにとってコーヒーはどのような存在だったのだろうか。「ちょっと言いにくいんですが……元々コーヒーが苦くて得意じゃなくて。僕がコーヒーにハマったのは“ラテアート”がきっかけだったんです。」そのときは川野さん自身も想像していなかっただろう。4年半後に自分の店を持つことを。
LIGHT UP COFFEE KYOTOの店先にて。
「ラテアートの腕を磨きたくて、カフェで働きながら必死に練習して。1年後の大学2年のとき、ラテアートの全国大会で優勝することができたんです。味に注目しはじめたのは、それからのことでした。」学生にして早くも輝かしい実績を残した川野さん。しかし、それで満足することはなかった。川野さんは、さらに美味しいラテやコーヒーを求めて、カフェ巡りを続けたという。
そしてある日、2軒のコーヒーショップと出会うことになる。「ひとつは“ONIBUS COFFEE”。ここのコーヒーは甘くフルーティーなのが特徴。中でもカフェラテが大好きでした。もうひとつは、“Fuglen Tokyo”。果実味たっぷりで、フレーバーティのように飲みやすいコーヒーでした。こんなに美味しいコーヒーがあるなんて知らなかった。衝撃でしたね。もっとコーヒーを知りたい。そんな想いがだんだんと膨らんでいき、コーヒーの本場・ノルウェーに行ってみようと思ったんです。大学2年の夏のことでした。」
「熱中したら、そのことしか見えなくなるタイプなんですよね。」と、川野さん。
「渡欧したメンバーは僕と、LIGHT UP COFFEEを一緒に立ち上げることになる相原と、のちにFuglenに就職する友達の3人。せっかくノルウェーに行くなら何かできないかと思い、興味のあるコーヒーショップに事前にメールでアポイントを取っておいたんです。現地に足を運んでみると皆、僕らを身内のように歓迎してくれて。バリスタにインタビューしたり、焙煎や抽出を側で見せてもらったり、カッピングに参加させてもらったり……いろいろな経験を積むことができました。」
ノルウェーを堪能したあとは、ロンドンやパリのコーヒーショップを巡る旅に出た川野さんたち。このひと夏の経験が、彼らのコーヒーに対する情熱に火を付けたことは言うまでもない。
ノルウェーでのカッピング風景。その夏を振り返る川野さん。
これらの出会いや経験を経て、川野さんは大きな決心をしたという。「美味しいコーヒーを豆からつくりたい。だから、焙煎機を買おうと思ったんです。帰ってきてすぐに銀行で100万円を借りて、焙煎機を買いました。設置場所は自宅のリビング。これには親もびっくりしていましたが、コーヒー好きだったこともあって理解を得られたんですよね。」
川野さんの大胆な行動は、まだまだ続く。「生豆を仕入れて、いろんな温度・時間を試しながら、あの“美味しかったコーヒーの味”に近づけようと、限界まで焙煎を行ったんです。でも、何かが足りなかった。それは生豆という“素材”への配慮でした。豆の持ち味を焙煎で損なわないために、日本やノルウェーで学んだことを参考にしながら、試行錯誤を重ねましたね。」
自宅リビングに設置した焙煎機。
焙煎に没頭しながらも、自分の目で、舌で味わった美味しいコーヒーをもっと広めたいと考えていた川野さんは、対外的な活動も精力的に行っていたという。「ドリップセミナーや北欧の豆を使ったカッピング会を開催していました。そんな活動を半年ほど続けてみた結果、発言力に限界があることを感じて。お店を持ちたいと思ったのも、その時期でした。」と、当時の心境を振り返る。
「眠気覚ましとして何となくコーヒーを飲んでいるような人たちの意識を変えたい。コーヒーの価値観が変わるような一杯を届けたい。そんな想いを叶えるために相原に声を掛けて、店を構える決心をしたんです。」そうして2013年夏、吉祥寺にLIGHT UP COFFEEがオープンさせた。カフェでアルバイトをはじめてから、わずか4年半後のことだった。
注文を受けてから、一杯ずつ丁寧にコーヒーを淹れていくスタイル。
開業の地として選んだのは、東京の西部に位置する吉祥寺だった。「コーヒーは静かで穏やかなところで飲むのが美味しいと思っていて。吉祥寺は都心ほど混雑していないし、人は集まるけれどのどかな街という印象がある。店前に公園が広がるこの地を選んだのも、そんな狙いがあったからなんです。」と、川野さんは語る。
オープン半年後に大学を卒業した川野さん。春から働き出したのは、なぜか自身のお店ではなかった。「社会人としての経験を積んで、いろんな物事を動かす力を身につけるための修行期間が必要だと思ったんです。コーヒーでしっかり食べていくために1年ちょっと、IT企業でWebディレクターとして働きました。その間は休日だけ店頭に立って、接客や焙煎の仕事をしていましたね。」多忙な日々を過ごしながらも情熱を絶やすことがなかった川野さん。退職を決意したのは、京都出店の話が佳境を迎えていたタイミングであった。
吉祥寺店も京都店も、店内では木のぬくもりがたっぷり感じられる。(写真は京都店)
「京都の物件を紹介してくれたのは、吉祥寺のお客様でした。元々、いつかは京都に出店したいと思っていたんですよね。外国人観光客もたくさん訪れるし、日本文化の発信力もある。その上、和食で使うお出汁のように、昔から“素材”にこだわってきた都市である。僕らが目指す“コーヒーの素材を楽しむ”という姿勢も受け入れてくれるはず。そう考えて出店を決めました。」と、川野さんは語る。
ここでの“コーヒーの素材を楽しむ”という言葉にはどんな意味が込められているのだろうか。「僕たちが伝えたいのは、コーヒー本来の“素材”について。農園によって味がちがうこと。豆本来の味が出やすい浅煎りにすることで、そのちがいを楽しんでもらえること。これら“素材”としての差を、コーヒーだけでなく店内の随所で無意識に感じてもらいたい。味だけでなく、店舗内装にもこだわっているのも、そんな背景があるからなんです。」
カウンターの留め具ひとつにも、川野さんのこだわりが表れている。
「例えば、京都店の入口。ドアノブだけが真鍮なんですよ。開ける瞬間は冷たいんですが、店内には温もりのあるヒノキのカウンター、和を感じられる石畳の床が広がっている。視角や音、香りまで、五感を通じて素材を体験できるよう、設計担当の方と相談しながらつくり上げました」と、店舗のデザインについて語る川野さん。
なぜそこまで素材にこだわるのか、川野さんの想いを探ってみた。「僕は、農家の人のためになるようなことがしたいんです。つくり手によるちがいを楽しめる飲み方が広がれば、つくり手が評価され、もっと高い値段でコーヒーが流通するようになる。結果、農家の収入もアップするし、農園全体の意識改革にもつながる。そのためにも、消費する側である僕らを含めた人たちがもっと“素材”に注目していかないと、農家をはじめとするつくり手も変わらない。その気付きが、双方の毎日を豊かにしていくと僕らは考えているんです。」
木や真鍮、ガラスなど、店内ではさまざまな素材を感じることができる。
川野さんの言葉はさらに続く。「僕自身、コーヒーの素材にこだわりたいと思い、最近は農園にも行くようになりました。中でも注目しているのがアジアの農園。アジアのコーヒーはあまり美味しくないと言われているんですが、正しい手順で丁寧につくれば、絶対に美味しくなると確信しているんです。」
そんな想いから最近、川野さんは新たなアクションを起こしたという。「豆の育成や精製に詳しい人と一緒にインドネシアの農園で試作をしてみたんです。それが、南米やアフリカの豆のように美味しかったんですよね。これを機にアジアのコーヒー農園に足を運んで、いろいろと教えてみようと思いました。豆という素材の“質”を上げることで収入が増え、環境が変わり、農家がどんどん豊かになっていく。そんなコーヒーの社会性にも、僕は惹かれているんですよね。」
農園にて、コーヒー豆の状態を確認する川野さん。
そんな川野さんたちに、Kalitaのコーヒー器具を愛用する理由について聞いてみた。「京都に進出してから気が付いたのですが、京都の水は東京の水よりも、ちょっと思った味が出にくいんですよね。そんな環境でも、抽出が安定しているKalitaのウェーブシリーズを使うと、しっかり狙った味が出せる。どんな土地の水を使っても、素材を活かした美味しいコーヒーが抽出できる。僕らがKalitaを使う理由はそこにあるんです。」
京都店ではオープン時から“Made in TSUBAME”シリーズを導入している。その理由にも、彼らしい想いが込められていた。「素材にこだわる日本のコーヒーショップ……そんな僕らの姿勢を見事に表しているのがこのシリーズだと思います。日本を誇る金属加工の街、燕の職人たちがハンドクラフトでつくるドリッパーは、京都店を彩る“素材”としては申し分のない一品。今後は焙煎機も日本製のものを使い続ける予定です。日本のコーヒーショップとして、これらもストーリーのあるお店づくりを行って行きたいと思います。」
「コンセプトもさることながら、抽出の精度も抜群なんです」と、川野さん。
川野さんにLIGHT UP COFFEEのおすすめメニューを聞いてみた。「素材による味のちがいを楽しんでもらいたいので、うちでは“飲み比べセット”を用意しています。どれもシングルオリジンで、味の振り幅があるものを3つ揃えてお出ししています。どんなコーヒーが好みかわからない方はまず、このセットを飲んでみてください。味のちがいがはっきりしてて、おもしろいと思いますよ。」
数あるメニューの中でも川野さんがお気に入りは“エチオピアのウォッシュド”だそう。「紅茶のように華やかな味わいなのが特徴。酸味もそこまで鋭くないので、皆さんが思い描くコーヒーの概念からはいちばんかけ離れているものかも。」季節毎に変わるラインナップの中でも、この品種は必ず揃えているとのこと。気になる方はぜひこちらもチェックしていただきたい。
コーヒー豆は店頭やオンラインショップでも購入が可能。
最後に読者へのメッセージをいただいた。「お金を払う消費行動って、その人が何を応援しているかを表していると思うんですよ。こういう人が、こういう技術を使って、こういうものつくっている。その苦労やストーリーにお金を払う。コーヒーに関してはそれが顕著で、豆を買った分だけその農家が潤うことになる。だから素材にはこだわりたいし、農家にも頑張ってもらいたい。そんな循環に価値を見出してもらえたら……これが僕からのメッセージですね。」
力のこもった眼差しで話し終えた川野さんは、表情を緩めてこう続けた。「簡単に言うと、コーヒーにもつくり手がいることを伝えたい。その人によって味もちがうし、僕らならではの焙煎方法もあるので、いろいろ飲み比べてみて楽しんでもらえたら嬉しいですね。好きなコーヒーを見つけると、一気にコーヒーが好きになる。僕もそうでしたから。皆さんにもきっとそんな素敵な出会いがあるはずですよ。」